【感想】縋十夏「夕望」

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【作品情報】

縋十夏「夕望

「久方振りに筆を執った。書くのは専ら、等身大の自分であった。」

まだあの日の夕焼けが消えてくれないから、私は人に頭を下げることも出来ずにいる。

しがない物書きは一人、大きな本棚と書斎机以外には家具らしい家具もない部屋で、行き場のない思いを胸の内に膨らませるのだった……。



【感想】

黒い浴衣でも着ているような文章だなと思いました。以前縋さんとある人の文章について瀟洒ですねという話をしたんですが、縋さんは縋さんで縋十夏の文章をしているなと。黒い少し薄手の光を透す浴衣でも着ているような文章です。それに惚れ惚れとしているのは言うまでもないことかもしれません。

さて、冒頭五行ばかりを読んでこれは最後まで読んでしまうなと思ったのですが、なぜかなと少し考えて。別にとりたてて華やかだったわけでもないのです。「久方振りに筆を執った」ですし。それで読み返して感じたのは少し重みのある落ち着きで、さてと考えてみてヒントは文中にあったなと思いました。

「書きたい物語を書いている人間というのはゴマンといるが、物語に筆を執らされ、書かされている人間というのはどれだけいる事か」

私はその部分を読んでいる時に、「全て大理石の塊の中には予め像が内包されている。彫刻家の仕事はそれを発見する事」というミケランジェロの言葉を想起して、そういうことかもしれないと。小説を書いたことがある人はご存知だと思いますが、物語冒頭なんてやることが沢山あるんです。だけどこの作品はそれを”処理”している感じがなかった。物語が求めているものを自然と書いているような感じがしたんです(実際のところ計算と意図に満ちているのかもしれませんが)。それは――読んでしまうよねと。

全体を読んでみて初読では二つの話がやや分離している印象でした。書き手である彼の話と、頭すら下げることができなくなった彼の話。ただ、その二人の彼が繋がっているのは間違いない。辞書とハードカバーを積み上げ彼岸花の花瓶を置く彼の動きには最初から何か背負うものがあるのですから。それに些か分離して見えるのも当たり前と言えば当たり前なのです。彼は窓を閉めていたはずなので。

”なぜか”窓が開いているのは文学的ですね。閉めたはずなのに書いている内にいつの間にか半開きになってしまった窓。風が吹いて室内のものを散らす、それだけのことが物語のターニングポイントとして機能しているのは素晴らしいですし、渋くて大変好みです。あの時、落ちて跳ねる万年筆から散るインクの僅かな飛沫や風の姿まで見えた。お見事でした。

縋十夏「夕望

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