【講評】koumoto「紙人間の詩」

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【作品情報】

koumoto「紙人間の詩

「紙人間は、今日も紙の鳥を折り、夢見るように窓から放つ」

体が紙で出来ている紙人間は、窓がひとつきりの部屋で、紙の鳥を折る毎日を過ごしていた。彼の生涯はその部屋で完結するはずだった。詩と出会うまでは……。



【講評】

こんにちは、辰井です。昨年は自主企画「辰井講評窓口」にご参加くださりありがとうございました。遅くなってしまい申し訳ありません。こちらに講評を書きます。

紙の肉体を持つ人間が詩という魂と自らの運命を見出す物語。初読の印象として濃密だなと思いました。設定や言葉遣いがある方向に強く指向していて、けれども単一の線に収まらずに絡み結び付いている感じ、密度と重さのある空気感。書きたいものが定まっていて、それをフィクショナルなかたちに落とし込むのが非常に巧いのだなと思いました。前回読ませていただいた「ホログラムと少年」でも同じような印象を持ちましたが。

他の方のコメントに対する返信で、「なにかを伝えよう、なにかを表現しよう、とせざるを得ない人の気持ちを、少しでも映すような寓話を目指しました」とありますし、寓話的に読めるんですが、個人的にはあまりそういう読み方はしたくないなとも思いました。
表現者、書き手というとどうしても自分が視野に入ってしまうので。書くことの物語ではあるのだけど、生暖かい自分から距離を置いて、この物語の濃密なうつくしさに浸りたいと思いました。

良いなと思ったポイントはいくつもあるんです。
最初モノクロと青で始まる色彩の中で生まれる鳥の赤の鮮やかさなど、色彩のコントロールとか。夜を夢見るところなども上品で豊かです。
あとは、”特権”。彼ら紙人間の日常は色彩を欠いたものではあるけれども、一方では、分かりやすいところでは鳥を創っている限り不死であるというように”特権”的でもある。だから、この話は単純な牢獄からの脱出劇ではなく、持っているものを捨てる話でもあって、その点でも物語に深みがありました。

最初この物語は何の物語かなと考えて、「詩を見つけ選択し羽ばたく物語」というのが思い浮かんだんですけど、果たして選択なのかなと。自らの肉体に詩を書きこんで、それまでの日常を捨てて外界へ羽ばたくのは選択なのだろうかと。どうも違うんじゃなかろうか、もっと彼にとってやむにやまれない自然なものだったのではないだろうかなどと思いました。

すみません、もう講評ではなく感想ですね。今回も柔らかく締め付けられるように圧倒されました。読ませてくださりありがとうございました。



【作者様からの返信】

こんにちは、辰井さん。読んでくださってありがとうございます。

その世界の空気感のようなものを表現したいと願っているので、大変うれしいお言葉です。寓話というと、たしかに寓意や教訓などに重きを置くような印象を与えるので、適切ではないかもしれません。ひとつのメッセージに収斂しないところ、メッセージからはみ出してしまう部分こそが、小説の魅力だと考えています。

おっしゃるとおり、選択というよりは……誤解を招く言葉かもしれませんが、運命のようなものでしょうか。吉本隆明さんという好きな詩人が、親鸞について論じた文章のなかで「〈不可避〉の一本道」という言葉を使っていました。なんとなく、「登場人物の〈不可避〉の一本道を描きたい」、などと考えたりしています。

前回に続き、またも丁寧な講評をいただくことができて、とても光栄です。ありがとうございました。

koumoto「紙人間の詩

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