【講評】武州人也「山桜の怪」

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【作品情報】

武州人也「山桜の怪

「僕は君が欲しいよ……」

不登校児の小学五年生赤城順一(あかぎじゅんいち)は、絵を描くのが趣味であった。緑地の中に立つ大きな山桜の木を描いていると、ポニーテールに漢服姿の見目麗しい美少年と出会った。美少年と親しくなった順一は彼の絵を描こうとするが……



【講評】

こんばんは、辰井です。昨年は自主企画「辰井講評窓口」にご参加くださりありがとうございました。遅くなってしまい申し訳ありません。こちらに講評を書きます。

前々回に読ませていただいた「私の後悔」と比較しながら読みました。本作はやはり漢語の混じる硬派な文体でありながら、「私の後悔」に比べると幾分ライトな文体で、それが今回の物語にマッチしていました。「私の後悔」と同じくファム・ファタル的美少年との関係性を描いているものの、全く違う物語であり、作家性は滲み出ているものの、似たり寄ったりという印象を受けないことに舌を巻きました。

まず、邂逅。ぶわり、という絶妙な擬音からの風の描写、そして音というサクラの登場シーンは情景の喚起力が強く見事でした。
お互いの名前を伝えるシーンは私なら逆にするなと思いました。名前を掌握されることは、自分自身を掌握されてしまうことなので(それこそ、昔の中国では名前で呼ぶのは避けてあざなを呼ぶわけですし)、私なら化物に名前を伝えるシーンはもっと致命的にします。順序としては、サクラが順一に名前を聞くのが先。

ターニングポイントという点では、サクラを描いてしまうところも物語の転換点のはずで、ここに関しては”まるで写真のようだ”以上の描写がもう少し欲しかったなと思いました。欲を言えば1、2文でよいので絵が出来上がっていくさまを見せてほしかったです。絵を描き上げて虚脱してしまうところなどは谷崎の『刺青』を思い出しました。

胡蝶の夢のくだりはおお! と言いました。そう来るかと。その後のくだりで、どちらが現でどちらが夢か固まってしまうように思われるのが一方で惜しくはありますが、安定した締めくくりでした。

いつものツイートを拝見していて感じることでもありますが、好きなものを発信しておられてて、それを見てこちらも「なんだかいいかも」と思わせられてしまうのがすごいなと思っています。これまで美少年にはあまり興味が無かったんですが、段々好きになってきました。書き手が好きなものを書いているのはやはりいいなと思います。読ませてくださりありがとうございました。



【作者様からの返信】

ありがとうございます。丁寧な講評に毎度舌を巻くばかりです。ファムファタル的な美少年は根深い性癖です

武州人也「山桜の怪

コメント

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