【講評】灰崎千尋「桜堤の樹の下で」

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【作品情報】

灰崎千尋「桜堤の樹の下で

「桜の樹の下には死体が埋まっている、と相場は決まっている。」

さくらが死んでしまった。
だから私は、この桜堤の樹の下に埋めようと思う。
それが一番良いはずだから。
【第1回角川武蔵野文学賞】応募作品です。



【講評】

灰崎さんの雰囲気を持つ作品だなと拝読しました。もっとも、“灰崎さんの雰囲気”がちゃんと分かるほど沢山は作品を拝読できていないのですが、数作読んだ印象でこの作者さんがこの作品を書くのはなんだかいいなと思いました。美しいものを書いていらっしゃいます。その美しさも灰崎さんの場合隠しきれない艶やかさと温度があるように思います。更に今回は匂いが印象的でした。“鼻を啜ると、草の青臭さにむせかえりそうになる。それでまた、涙が出る。”など大変好きです。夜と土の空気もいい作品です。

ちょっと無味乾燥な話をします。ストーリーをものすごくシンプルに言ってしまえば、ある行動をしようとしていた主人公が他の人物との対話を通して心境が変化しその行動をやめる話。このストーリーラインでうまくいく条件は何かなと考えると、
①ある行動をしようとしていた主人公に感情移入できること(行動の社会的善悪は問わない)
②心境の変化につながる対話に気付きがあること(当たり前すぎる会話はつまらない。読者も主人公と共に“新たな”気付きを得なければならない)
③その心境の変化に納得がいくこと
大きく分けてこの3つなのかなと思いました。これを踏まえて改めてこの作品を見るとすべて満たしています。子供くらい可愛がっていて独りで逝かせてしまったさくらをせめてもと桜の樹の下に埋めるのは共感できるところです。法政大生の言葉もよく、とりわけ「一人の人間が誰かの為にしてあげられることって、限界があると思うんです」以下の言葉がよいです。この言葉で心が軽くなる人はそれなりにいるんじゃないかなと思いました。そして心境の変化への向かい方も丁寧で納得ができます。

固い話をしてしまいました。もちろん大筋の構造だけでなくて、それ以外の部分もとてもいい作品です。法政大生の役割は“私”の心境を変化させることですが、役割のために書かれた人物という感じはしません。実在感のある人物であり“私”との次につながるような関係性を持つことができています。最後さくらを見るのもよくて、“私”の行動のそもそもの動機であったさくらへの愛惜に戻ることによって物語が落ち着いて閉じています。もっとデティールに踏み込めばちょっときりがありません。

美しく愛しい小説でした。

灰崎千尋「桜堤の樹の下で

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